「開店」


「いらっしゃいませ、どちらのホストをご指名いたしますか?」




「どーいうことか説明してもらおうか、ためさん、土師」

「申し訳ございません、若」


深々と頭を下げるためと土師をオクラはにらみつけた。

ようやく開店を迎えた「ホストクラブ 若」は客入りも上々で、お客の反応もよかった。

そんななかオクラはなぜこんなにも怒っているのかは1時間ほど前にさかのぼる。


「土師、俺はちょっと出なきゃならないから店のことを頼んだ。ためさんにも伝えておいたから、二人でしっかりやってくれよ」

「何時間ほど?」

「一時間ぐらいだな。頼んだぞ」

「承知いたしました。お気をつけて」


おうと元気よく答えたオクラを土師が見送る。入り口で星山(悪魔
/男)になにか話してからオクラは店をあとにした。


「おーい土師さん、酒くれ」

「星山のために、自分でもらいに来るのは感心するが、居酒屋のようなノリでここにこられても困る」

「まーまー、堅いことはいいっこなしで。お客さん待たせてっから早くくれよ。ドンペリね」

「ほー景気のいいことだ」


そう言って土師はアルノにドンペリを持たせた。すぐさま持ち去ろうとするアルノに釘を刺すようにつげる。


「一定量以上を飲まない。これは守れよ」

「わかってるっつの」


そう言ってアルノはさっさと自分の客のもとへと帰っていった。すると入れ違いに次は帝覇がやってくる。


「どうにかしてくれ・・・・」


心身共につかれたような声を出して、カウンターにがっくりともたれかかった。いい男であるはずなのに彼は苦労人だ。その元凶はすべて、ためさんにある。きっとホストをしていても何かしらちょっかいを出されているのだろうと土師は納得した。しかしそれをおくびにも出さずに土師は尋ねた。


「どうかしたのか」

「あいつだ…同じ色のスーツにしたのが間違いだった…。こんなことならオーナーと取り替えてもらうんだった」


帝覇は人の名前を呼ぶことがない。ためさんはもちろん、ほかのメンバーはすべてあいつで片付けられている。しかし、オクラのことはオーナーと言い、あんたやあいつなどということはなかった。そこには彼がこのホストクラブに入った理由が隠されているのだろうが、土師にはそれを聞く術がなかった。


「それは災難だな。今客はいないのか?いないなら、カクテルを出すが」

「ああ、いま帰ったところだ。オススメのカクテル飲ませてくれ」

「了解した」


そう言って土師はシェーカーを取り出した。それに必要な酒、必要なフルーツを入れてシェーカーを振った。さすがバーテンダーというべきか、その動きは無駄がなくきれいだった。できあがってみれば、それは美しいオレンジ色をしており、帝覇がよく頼むカクテルであった。しかし、土師と飲んだのは片手で数えるほどしかなく、そのなかでも1回飲んだか飲んでないかぐらいのものだった。


「よく覚えてるな」

「まあな。このカクテルを飲んでるときお前の顔がすこしだけうれしそうだったんでな」

「なるほど」


―よく見てるな


と帝覇は正直に思った。帝覇は自分が無表情に近いことをよく知っている。その微妙な顔の変化をこの男は気づいたのだった。


「あいつのいないところで、接客でもしてくるか」

「まあ、がんばれ」


帝覇は一気にカクテルを飲み干すと客のいるもとへと帰っていった。ぐるりと客の入りを見渡すとほとんどの席がうまっていた。数席開いているのもいたし方ないだろう。ホストの数が合わず、オクラがいないのだから。


「土師殿」

「どうかしたか」

「お酒をいただきたいのですが」

「どの酒だ」

「そこのと、そこのと、そこのを」


ためさんが指を指し、土師がそれをカウンターへとおいた。その酒のラベルを確認してためさんは近くにあったお盆に乗せて歩き出した。


「気をつけろよ」

「わかってます。あ、そういえば、アルノさんは大丈夫ですか?あなたが見ていると思って帝覇ばかりを追い回していたのですが」

「・・・あ」

「あひゃひゃひゃーー」


どこからともなく聞こえてきたのは紛れもなくアルノの声。しかも、いささかおかしな声である。土師とためさんがそちらを向けば、アルノが変な踊りをしながら先ほどと同じような声をだしている。


―しまった


2人は心の中でつぶやいた。するとそのタイミングで、オクラが裏口から入ってきた。先ほどは星山に用事があったので入り口から出たのだがたいていは裏口から出入りする。

とまあそんなことはさておき、オクラは帰って早々大変なものを目撃してしまい持っていたジャケットを握り締めたまますこしのあいだぽかんとした。そして、すぐにカウンターのほうをにらみつけた。そこにはやってしまったという2人の男がアルノを見ていた。

カツカツとそちらに歩いていくと、それに気がついた土師とためさんがお辞儀をした。


「お帰りなさいませ」

「そんなことはどうでもいい。あいつに一定量以上の酒を飲ますなって言っただろうが」


これで冒頭へと戻るのである。ためさんと土師はどうするべきかと考えるように眉間にしわを寄せている。


「まあ、お前らだけを攻めるのもお門違いだな。おし、付いて来い」


そう言って持っていたジャケットを羽織るとカウンターに並べられたビンを一つとって、アルノのいるところへと早足で行く。


「あひゃ〜あひゃひゃ〜」

「ちょ、アルノさん?どうしたの?」


客が言うが、酔っ払ってしまっているアルノには一切耳に入っておらず、意味不明な踊りを踊っている。どうすればいいのかわからない客がオロオロとしてしまっている。


「お客様」


そんな中低く脳をしびれさせるような声が客の頭上でした。客が顔をあげると、そこにはにこりとほほえんだ男が一人。


「当店のホストが申し訳ございませんでした。少々酒に弱いものでして…お客様との飲み比べで負けてしまうとはお恥ずかしい限りです。
お客様はずいぶんお強いのですね。お客様さえよければ、私がお相手いたしますがいかがでしょう。もちろん、指名料等は発生いたしません。」


「あ、でも…」

「それに、タダでこちらのドンペリもお付けいたしましょう」

「え、いいのですか?」

「ええもちろん。気分を害されたのはお客様のほうですから。私と一緒に飲むのはお嫌ですか?」

「い、いえ」


その言葉を聞くとオクラはにこりと笑って彼女の横に腰掛けた。テーブルに載っていたグラスをためさんが新しいグラスと取り替える。それにオクラが片手でドンペリを告ぎ分ける。そしてグラスを持って、


「貴方の夜に乾杯」


そう言って一気にドンペリをあおったのだった。耳元でささやかれた彼女は顔を真っ赤にさせながらグラスを手にして、オクラのグラスに当てた。

オクラはそんな彼女ににこりと笑いかけたあと、後ろにいた土師やためさんに視線を送った。それだけで、彼らはすぐにもとの場所へと帰っていった。


「さすが若だな…」


アルノをこぶしで黙らせた土師がつぶやいた。オクラがお客と対話している間後ろでは土師がアルノをこぶしで黙らせ、ためさんはそれが見えないように立っていた。


「本当にさすがとしかいいようがありません。あの声を耳に吹き込まれたら最後、お客様は足腰立たなくなってしまうほど…」


ためさんがそういうと、土師はうんうんと頷いた。


「アルノさんは上の部屋に連れて行っておいてください。今日はアルノさんだけだったからよかったですが…これに天夜くんまで入っていたらと思うと恐ろしいです」


「そうだな…そういや、早く客のところに戻ったほうがいいんじゃないか?」

「ああそうでした。後は頼みましたよ」


そういうとためさんはカウンターから酒を持って去っていった。土師はアルノを担いで、二階へと上がり、仮眠室と称された場所に寝かせた。

そんな問題が起こったりもしたが、無事に閉店時間を迎えることが出来た。アルノが抜けたあと、帝覇、オクラ、ためさんの三人は休むまもなく客の相手をしていた。

その成果もあってかお客様は誰一人として不機嫌な顔をしている人物はいなかった。


「おーい反省会始めるぞ」


オクラが今日の売り上げ記録の書かれた書類を持って声をかけると、疲れきっているためさん、帝覇、そして客入れをしていた天夜もだるそうにソファに寄りかかっていた。その他アルノ、土師、うなずきん、星山は疲れた様子もなかった。

そんな連中を見渡してオクラが口を開く。


「えーっと今回アルノが一定量を飲みすぎるという失態はあったが、まずまずの売り上げだ。明日もこの調子で頼む。アルノ」

「ん?」

「おまえは明日客入れだ。そんで、一週間掃除の罰則を与える」

「はぁ!?」

「一定量飲むなと言っていての失態だしな…今回が初めてということで少々軽めにしてある。ほかのメンバーも失敗等を起こさないようにしてくれ」

「ちっ…」

「前のようにお客様と一対一というわけじゃない。だれか一人でも失敗すれば店全体にかかわってくることを忘れるなよ。おし、今日の反省会はココまで。解散」


そう言ってオクラは事務所のほうに消えていった。


「あーあ。掃除かよ」

「いいじゃないですか、罰金とかではないのですから」


ぼやくアルノにためさんがフォローする。ほかのメンバーもうんうんとうなずいている。


「今日は開店初日ですし、失敗もありますよ。そんな日はビールでも飲んで盛り上がりましょう」

そう言ってためさんが大量のビールを差し出した。それにみんなうれしそうに目を輝かせた。そのなかでも客いれをしていた天夜は一番目を輝かせて叫ぶ。


「さっすが、ためさん!みんな飲みましょ〜」

その合図でためさんが持っていたビールにみんな群がった。ビールは大量に買い込まれており、ためさんが持っていた袋以外にも数袋あった。

そんなみんなの様子を見ながらためさんと土師は微笑んだ。


「これが、若からの差し入れって聞いたらどう思うんでしょうね…みなさん」

「若からということを伝えずに宴会を開けだなんて…若もお人が悪い」

「まあ、そういう方ですし…これには宴会プラス酒強化会でもあるって教えてあげたいですね」

「…さて、カクテルでもつくってやるか」

「ではアースクエークお願いしましょうかね」

「…わかった」


そう言って土師がカウンターへと入っていき、シェーカーを振り出すとほかのメンバーも自分の好きなカクテルを注文し始めた。わいわい騒いで、ガンガン飲んで、アルノが「アヒャアヒャ」言い出す横で、天夜の腹黒がいつも以上になりと皆自分の限界以上に飲んでいた。それを酒は水と言う帝覇とうなずきんがいすに座って見ていた。帝覇の横にはちゃっかり座った、ためさんが寝ていた。


「あれ?いまノックの音がしませんでしたか?」

「そうか?悪いがみてきてくれないか?」

「わかりました〜」


狼なので音に敏感なうなずきんが、ホストクラブの入り口に歩いていった。のしのしという音が似合いそうな歩き方に土師は小さくわらった。


「うわっ酒のにおいすごいなぁ」

「あ、若」

「まったく宴会かよ〜いいよなぁ…書類をどーにかしてくれぇ」

「自分の仕事だろ、オーナー」

「む、まったくお前は可愛くないねぇ」


そんな会話をしつつオクラがカウンターのいすに座ろうと歩き出した。そのときだった。


「おとうさーーーーーん」


そう言ってなにかがオクラに飛びついた。その弾みで、オクラが後ろへと倒れる。


「「若!」」


ためさんと土師が同時に声をあげ、そちらに駆け寄った。オクラは「いてぇな」といいながらのそりと起き上がる。体当たりした物体を見てみれば、それは赤頭巾ちゃんのような服を着た少女だった。その子は辺りを見渡して、


「お父さん?」


と首をかしげた。



「またお会いできることをたのしみにしております」